<参考3>  イネ科の大型種オギについて

 
六郷川の護岸帯や河川敷で優勢なイネ科の大型種は、ヨシ、オギ、セイバンモロコシの3種である。(以下の3枚の写真はこの順で、花穂の様子を見比べたもの。)
ヨシの葉はイネ科に典型的な線状葉ではなく、幅広く先が尖って細長い披針形(笹の葉の形)であり、セイバンモロコシは初夏から円錐花序の穂を付けているので、この両者は比較的紛れが無い。
オギは花穂を出すのが10月初旬頃と最も遅く、ネット上にもオギについて書かれたものは意外に少ない。穂を付けるまでの期間、初心者が図鑑だけで特定するのは難しい面もあるので、オギについて特に詳しく説明しておくことにした。

六郷橋から河口までの汽水域では、岸辺の湿地は半ば保護されているので、至るところにヨシの群落が出来ている。ヨシ群落の大きいものとしては、左岸側に六郷橋の下から南六郷地先に伸びるものと、六郷水門下手の本羽田地先になる大師橋緑地外縁部の2ヵ所があり、右岸側に味の素工場裏の川下寄りから旧コマツ裏に至る中瀬町地先と、大師橋下手になる殿町地先の堤防下全域に広がるものの2ヵ所、両岸で合わせて計4ヵ所がある。
六郷橋下手の左岸寄りに続く砂泥洲は、かつて完全に島状だった時期もあるようだが、ヨシの繁殖とともに次第に陸化が進み、現在では六郷橋側は高水敷と完全に繋がり、六郷水門前まで伸びる細長い出洲の護岸側は塩沼地になっている。
この砂泥洲には、陸化した中央部分から周辺の塩沼地にかけてこの界隈で最大となるヨシ原が発達している。また六郷水門前の堆積小島もヨシに被われているが、近年では途中になる出洲上にも点々とヨシの進出が見られるようになった。

現在大師橋緑地が整備されている区域は、明治から大正の時代には大きく右岸側に張出し、その高水敷の先端に対岸の中瀬に渡る大師の渡しがあった。
明治時代の後期には、この界隈の高水敷の多くは果樹園として利用されていたが、当所は水溜りの多い沼地のような環境だったようで、現在大師橋が出来ている堤防箇所から大師の渡しの船着場が作られていた場所までの道筋は、茫々としたヨシ原沿いだったという回想記を読んだことがある。
多摩川下流の抜本的な改修工事は大正後期に始まるが、低水路の蛇行が均され大幅な拡幅が実現したのは昭和中期になってからで、この時期に大師の渡しがあった近辺の高水敷は大きく削られ、低水路は拡幅され澪筋の直線化が図られた。
右岸側中瀬地先のヨシ群落と左岸側本羽田地先のヨシ群落は、ともにこの時期に掘削された高水敷の前縁に形成されることになった塩沼地に発達したものである。

これらのヨシの群落は、いずれも陸側の周縁にオギを擁し、右岸側大師橋下手のヨシ群落中にも、部分的にヨシが途切れオギが大きく繁茂する形になっている箇所がある。
オギは丸子橋から河口までの間の両岸に広く確認され、水際の湿地・荒地にヨシがあれば、必ずと言ってよいほど、その陸側にオギが生えている。ただし陸側では河川敷が整備され草は刈られるので、オギの生育する余地は一般に小さい。
六郷橋下手のヨシ原は低水路の中に発達しているため、高水敷に接する六郷橋側以外では外縁にオギは見られない。これを除く上記3ヵ所の湿地の中で、オギが最も多く見られるのは大師橋緑地の外縁部である。特に大師橋に寄った側の防潮堤下の高水敷は、一面がオギ一色となる規模で発達し、六郷川沿岸でオギが群落を形成していると言える唯一の場所となっている。
高水敷の大半はかつては果樹園や畑として耕作され、その後は公園や運動場などに姿を変えたが、いずれも人為的に手をいれられ整地されてきた。ただ大師橋緑地の川下側になるこの一画だけは、高水敷が例外的に荒地のまま残されてオギが群生し、塩沼地から広がるヨシと競合しながら群落を維持している。

六郷橋より川上側では、(ホームレスが入植するままに放置されている、右岸多摩川大橋下手の練習馬場外縁を除けば)、ヨシが幅広い群落を形成するほど余裕のある場所はなく、ヨシは低水護岸周辺の湿った荒地に帯状に生育している。オギの生育もヨシの陸側(高水敷の低水路に寄った側)に限られ、河川敷の中央部や堤防法面(のりめん:盛土の斜面部分をいう)など、草刈機が入るような整地面には殆ど見られない。
六郷橋より川上側では大型種が生育可能な地面は狭いので、オギがヨシやセイバンモロコシと混生しているケースもあるが、通常の位置取りとしては、一番水際がヨシ、次いでオギ、その陸側にセイバンモロコシという並び順が普通である。
抽水植物であるヨシは、一般的には湿地以上の水辺を生育条件とするが、一部では高水敷に地上茎を出しているケースも見られる。オギは塩沼地のような、完全に水に浸かるところには生育できないが、やはり湿気の多い地質を好むので、古い時代に作られた低い護岸上に、洪水によって泥が堆積したような部分に多く見られる。セイバンモロコシはより乾いた陸側でも十分生育できるので、河川敷から堤防敷まで広範囲に展開する。草刈り時ごとに大半のものが刈られる条件下にあるが、大型であるにもかかわらず再生のスピードは速く、メヒシバやシマスズメノヒエなど小型種と競合しても負けない。

堤防上から広大な緑地越しに見て、岸辺にこんもりとした雑草群が見える場合、その多くはオギであると言って過言でないほど、オギはこの区域ではごくありふれた存在である。地下茎から平行した地上茎を何本も出すため、孤立してあるものを見ることは無く、大なり小なり群生状態で存在している。


 
オギの背丈は、生育地の地幅が狭いところでは、50センチから1メートル程度が普通。ただし群落が広がりを持っているところでは、人の背丈を優に超える2メートル級が林立する光景もざらに見られ、最大では3メートル程度に達する。
オギはイネ科の大形種であり、メートル級に成長したものの茎は、根元の側が節くれだった笹竹風の中空で丸く硬い茎になる。節間は比較的短く、節は非常に硬い。若いものも短いながら必ず茎を有し、葉が直接地表から出ているというものはない。
茎は一本で地上に出、途中で枝分かれして本数を増し、叢生していく形となっており、株立ちすることはない。
生育地が小さい場所のオギは、ヨシやガマのようにすっきりと鉛直に伸びたものは少なく、乱れて小山のようになっているケースをよく見掛ける。葉が上部に集中するため安定が悪く、互いに押し合い或いはもたれ合って、何とか態勢を維持しているような印象を受ける。

オギの葉は先が鋭くとがる線状で、葉幅は比較的広く2〜3センチ程度ある。主脈は葉の裏側に寄るが、葉の表側では白く際立ち、裏側では緑色をしている。葉はその規模や形、中央脈が白く目立つ点などでセイバンモロコシに類似するが、オギの葉はすらっとしていてセイバンモロコシの葉のように葉縁が波打つことは無い。この点がセイバンモロコシと区別する有力な目安になる。
葉はガマのような直立性はなく、ごく若いもの以外では湾曲して垂れ下がる。葉はショウブのようなソフト感や弾力などはない平たいもので、葉脈が平行に走り縦には容易に裂ける。自然の生育状態でも、特に先端で葉が何本にも裂け、風にたなびいているのをよく見かける。
右に掲げた参考写真は多摩川緑地前のもので最大2メートルに達する。(初めの方に記述したように、界隈で最大となる大規模群落は、左岸大師橋緑地の川下寄りにあり、その様子はギャラリー本館でも [No.647] などに載せている。)


 
六郷川の岸辺で見られる有力な上記の3種以外で、比較的大きくなる線状葉を有する種類としては、チガヤ、クサヨシ、キショウブ、ガマをあげることができる。(これらについては [参考26] の方に写真や詳しい説明を載せている)
チガヤは、かつては堤防法面で最も有力な種類で、稀に平面部にも進出し群生しているものが見られたが、近年ではその存在割合は大幅に減少した。初夏に独特の穂をつけるが、直後に刈取りが入り、花穂はその役割を果たすことなく終わってしまう場合が多い。すぐ新芽は出すものの、(セイバンモロコシのように)花までを挽回することはない。刈られないチガヤは、最大で1メートル近い丈を有するまでになるそうだが、六郷川近辺ではそのようなチガヤを見ることはまずない。
クサヨシはヨシと似た環境で、土がやや不足するような条件下に、部分的に生育しているのが普通である。大きな群生地は見たことがないが、それほど珍しい存在ではなく細々ながら結構あちこちで生育している。

ショウブもオギと同じ環境に存在するが、丹念に注意深く探さないと見付からないほど少ない。生育規模は小さく、数株程度の集まりである。(多摩川大橋から六郷橋の間の左岸には何ヶ所も生育場所があったが、2004年に始まった護岸工事でこの区域のものは消滅した。) キショウブの葉は(ガマほどではないが)オギより分厚く、中央脈が浮き出ていないので、表裏の区別が付きにくいのが特徴。中央脈はソフトで葉には弾力がある。台風などで葉が折られると再生することはなく、地面から新芽を出し直している間にアレチウリに覆われてしまうケースも多い。イネ科とは違い葉縁は滑らかなので、触れるところにあれば区別は容易である。
ガマは六郷橋下手の塩沼地にのみあり、低水路(干潟)の岸側に近い部分に幾つか独自の群落を形成している。ガマはそこで見られるヒメガマ以外には見たことはない。
(左の写真はオギの花穂の初期。花粉の詰まった葯(やく)を出している所。)

岸辺以外の部分について若干触れておくと、河川敷の中央部は一般にメヒシバが優勢だが、頻繁に刈られるグランド周辺では、刈られる草は殆どがシマスズメノヒエになっている。
堤防の法面(のりめん)はかつてはチガヤが支配的で、初冬にチガヤの紅葉で法面が変色して見られる場所が結構あったが、近年ではそのような景色は見られなくなった。チガヤの後はメヒシバやヘラオオバコになっているケースが多く、セイバンモロコシも勢力を強めているようである。
堤防下にはエノコログサなど多くの種類が混在し、イネ科以外のクワクサやアメリカセンダングサ、ヨモギ、ギシギシなども目に付く。セイカカアワダチソウは、岸辺の荒地から堤防敷まで広く分布するが、どこでも混じって見られる程度で、特に刈られる範囲では群落を形成するほど優勢なものは見ない。
刈取り期間があいた初秋の頃には、河川敷の野草は伸び、ギシギシなど背の低いものは隠れてしまうが、この時期(主に堤防表の法尻付近で)、キンエノコロ、ネズミノオ、チカラシバなどが急速に増え目に付くようになる。チカラシバは、満潮時には水没してしまう旧護岸上から、堤防天端の脇に至るまで、その生育範囲は広範囲に及ぶ。特に六郷橋から大師橋までの右岸では、堤防法面の上部は一面チカラシバに制圧される。
秋口に、法面にヒガンバナが見えたり、平面にオオクサキビが姿を見せたりするが、時期が悪く、繁栄する間もなく刈られてしまうのが普通である。
彼岸過ぎから10月中旬に掛けた時期に、河川敷から堤防敷までが大規模に刈られると、その後で様相は一変する。セイバンモロコシやメヒシバなどのイネ科の有力種は、刈られない部分では未だ勢力を残しているが、この時期に刈られた場所ではもう復活するケースは少ない。代わって姿を見せるのは、ギシギシ、クワクサ、コセンダングサ、アメリカセンダングサなどの葉モノである。


図鑑の中には、「オギはススキとの比較に於いて、葉縁がざらつかないので区別できる」と書かれているものがあるが、この記載は誤解を生じかねない。
ススキの葉はうっかりこすると手を切ると言われる程、葉縁は鋭利な状態になっているらしいが、オギの葉も葉縁は平滑ではなく棘(きょく:トゲ)がある。

棘はやや扁平な円筒形で、先が鋭くとがり、葉の先端側を向いて葉縁に満遍なく付いている。棘の大きさは必ずしも葉の大きさに比例しない。大きさは内側の短い側が0.1〜0.3ミリ、外側の長い側が0.3〜0.7ミリ程度で、棘の先端は葉縁から0.05〜0.15ミリ程度離れ、葉縁と平行か僅かに外を向く。棘の付き方はほぼ連続するケース、1個跳びのような感じに空いているケースなど様々で、ピッチは0.5〜1ミリ程度というところか。棘は葉の付け根から葉先まで両縁に同じように形成されている。
(オギの葉は採取して持ち帰ってくると、それだけで既に乾燥しかかって表面の側にカールしている。左の写真はカールしたものを引伸ばし、セロテープで台に貼り付けて、マクロで撮影したもの。間に合わせながら、焦点合わせには結構苦労した。棘の軸になる円筒部の透明感や、先端の釣り針のような鋭さが失われてしまい、実物を良く表現しているとは到底言えないが、スケッチよりは幾らか実感を持ってもらえるのではないか。)

ヨシ、セイバンモロコシ、チガヤの葉縁にも同じような棘がある。私が観察した限りでは、ヨシとセイバンモロコシの場合、長めの棘の間に短いものが数個あるという具合に、連続する棘の大きさやピッチが不揃になっている点でオギのものと異なる。不揃の中で大きい方の棘の大きさを比較すると、セイバンモロコシはオギと同程度、ヨシはオギと同程度かそれよりやや大きかった。
チガヤの場合成熟した株では、棘の先端部が磨滅して失われていたり、葉縁に貼付いたように寝ているなど退化傾向が顕著だが、法面で刈られてから10日経って20センチほどに挽回してきた若い葉を見ると、端正な棘が綺麗に整列しており、チガヤの葉も基本的には棘を有すると見なしてよいことが分かる。チガヤの場合葉が若いためかも知れないが、棘はオギなどのものより幾らか細いように感じられる。(種としての葉幅の最大径がチガヤでは1〜2センチ、オギとセイバンモロコシは2〜3センチ、ヨシは4〜5センチあるので、棘の付根の太さは葉幅の比較に近いかも知れない。)

いずれの場合にも、棘は若い葉で明瞭に認められ、古い葉では棘の尖った部分が磨滅して失われ、棘状が退化してその痕跡がただの波打ちのように残るだけで、葉縁が事実上平滑化しているケースも珍しくない。


 
オギと身近な大型のイネ科の雑草とを比べた場合、その最大の特徴は葉の付き方にある。オギの葉が茎に付く付き方は、一般にはヨシやセイバンモロコシと同様、互生(1枚づつ交互に付く)とされているが、同じ互生でもオギの場合はヨシやセイバンモロコシのように単純ではない。
オギの茎には、もともと地面寄りの部分は葉が付かず、2メートル級の群落の中は節くれだった棒状の茎が林立しているだけで、葉は日の光が当たる頂上部に集中している。夏の成長期のオギの葉は、いわゆる互生(ごせい)というほど葉同士が離れておらず、数枚程度は茎の上の方に互生しているものがあるが、葉の多くは茎の頂上に密集し、4〜5枚から7〜8枚程度の葉が、扇を開くような形に展開する。当然、葉鞘(葉の付け根が茎を抱くさやの部分)は重なり合い、チョッと見には互生というより、束生(そくせい)に似た印象を受けるほどである。

ヨシの群落では、ほゞ年中穂が見られると言っても過言ではない。枯れた穂は朽ち果てることなく、直立したまま越冬し、翌年の6月くらいまで残っているからである。新芽が成長し十分に伸びてくると旧穂の残骸はやがて隠れるが、夏の終わりにはもう次の新しい穂を出す。この時の穂は青い筋ばかりの未熟な穂だが、やがて花が咲き実が入り秋には熟れて穂は褐色に変わる。
一方セイバンモロコシも初夏に背丈を伸ばし、成長した茎は例外無く円錐花序の穂を付ける。夏季に刈られた場合でも、直ちに芽吹き直し一気に花穂までを挽回する。穂の無いセイバンモロコシを見つけるのは容易ではないというほど、セイバンモロコシはいつも穂を付けているものである。
オギの枯れ穂も越年するものがあるが、ヨシほどしっかりしたものではなく、多くの場合穂の形は崩れている。一方新穂は同じイネ科でも様子が異なり、穂が出てくる時期は非常に遅い。

2002年の場合を例にとると、9月に入っても花穂を出す気配は無く、葉の付き方も互生ではなく束生もどきの状態が続いた。そして9月末から10初めに掛けて、やっと半数近いものが花穂を出し始めた。
穂は茎の先端に付くが、花を開いているオギをよく見ると、いずれも葉が茎に互生している。隣に花穂の気配のないものがあると、そちらは依然として束生もどきの格好をしている。これはどういうことか、以下素人の推測に過ぎないが、次のようなことが起こっていると考えられる。
つまりオギは花期を迎えると、その準備段階として、先ず葉が詰んだ茎の先端部を急速に伸ばすのではないか。茎が伸びて詰んだ葉が疎(まば)らになるのと並行して、茎の中に花を作る準備が整えられていく。

花は緑の苞葉に包まれ、新芽のように伸びてくるので遠目には直ぐには分からない。
花を巻いて覆った苞葉は新芽とは違ってふっくらしているし、先端から穂が僅かに見えるている場合もあり、近づいてよく観察すれば花ということは直ぐ分かる。
通常花穂の束がある程度伸びると、覆っていた苞葉は解(ほど)け花が露出する。但し2002年の場合には、苞がうまく解けず、先端が繋がれたまま途中を覆った苞が裂け、花が不自然な形で露出しているケースを結構見掛けた。
2002年は丁度花穂が出掛かる時期に、戦後最強といわれた台風21号の直撃を受け、多摩川緑地外縁では、全ての群落が泥水を被り、押倒されてしまうなど大変な打撃を受けたのである。

(あくまで私の推測だが、苞葉に包まれた状態の蕾が鞘ごと泥水に洗われ、先端部や付け根部分の隙間に泥が入り込んで蓄積し、埋まった土がそのまま乾いて苞を乾燥させてしまったのではないか。
新芽の先端は乾いて固化したように解(ほど)けなくなり、中の花だけが成長して覆っている苞葉を押し破り、先端を縛られたような花穂の中央部がはみ出してくる。そんな異常な花の姿や、穂の束(たば)が寸を止められて畳まれた状態で成長し、一本一本が縮みを引伸ばしたようにチリチリの花穂を展開しているオギが、あちこちの群生地で見られた。)
束生もどきの茎が伸び始めてから、花の芽を出すまでの期間はかなり短く、1週間程度で行っているのではないかと想像される。

オギの花は10月初旬には花粉を飛ばしているが、その後に採ってきた穂を部屋に生けて置くと、じきに小穂が立ち毛に包まれて種子を飛ばす態勢になる。ヨシのように早い時期に形ばかりの穂を出し、日にちを掛けてゆっくり花を咲かせ実るのとは違い、オギはほぼ完成された花を茎の中で作り、満を持して花季を迎えているという感じがする。
根を張って光合成する道を選んだ植物にとって、どちらの方式が有利なのかは分からないが、オギの花期が遅いことはイネ科の中でも特徴的である。
(余談というか、ただの連想に過ぎないことだが、動物のケースとして、同じ哺乳類でも、初期の有袋類が未熟児を産んで袋の中で育てたのに対し、後発の有胎盤哺乳類は発生過程を母体内で完了させ、完全な子を産むようになった。繁殖の安全という面で有胎盤哺乳類の方が断然有利であったため、有袋類は次第に追いつめられていったという進化の歴史がある。)


 
オギのあまり知られざる一面に紅葉の美しさがある。オギの花は遅く10月初め頃だが、12月に枯れ姿となる前の11月中旬から下旬に掛けて紅葉する。
紅葉する草としてはチガヤが知られ、冬場の堤防法面を紫掛かった臙脂色に染めるが、オギの紅葉は樹木の紅葉に似て、晩秋に色付きその後地上部は枯れてしまう。葉は黄色からややオレンジ掛かった色になり、最盛期には日に光り輝く。クサヨシなど似た色になるものはほかにもあるが、オギに独特のこととして茎が赤く染まることがある。茎の赤くなりようには個体差がある。遠くからでは分からないので、間近に寄って見ると血が滲んだように深紅に染まっているものも多い。綺麗に染まっている場合の茎は光沢があって、磨かれたようにツルツルになっているものである。
右の紅葉した茎の写真は、2002年秋に、左岸の小向の渡しがあった辺り(大田区民広場の端)で撮ったものである。


 
オギはススキ属でイネ科の大型種の中ではススキに最もよく似るが、流布されている双方の違いも結構多い。
ススキは山野に多く、浜辺や川岸など湿気の多い環境で見かけるものは、多くの場合オギであると言われる。
双方は背丈や葉の形などの全体像は酷似するが、ススキの方がいくらか葉幅が狭く、葉縁が極端にザラつく特徴がある。
ススキは根元から茎に付く葉があるが、オギの茎は根元側には葉が付かない。オギは地下茎から一本ずつ地上茎を立てるが、ススキは根元から何本もの茎を出し株立ちする(茎束生)。
ススキは葉の付け根(葉鞘との境目周辺)に白長毛が生える。
花期はススキの方が1ヵ月ほど早く、花序はともに良く似た散房だが、花穂はオギの方がやや大きいとされる。オギの小穂は毛が長めでフサフサしており、小穂(しょうすい)の先端にススキのようなノギは認められない。

ススキにはトキワススキ、ハマススキ、アブラススキなどススキと名の付く別の種類があり、ハチジョウススキやヤクシマススキなど地域固有種の存在も知られている。またススキ種自身の中にもムラサキススキやイトススキなどの変異種があり、タカノハススキやシマススキなど園芸用に栽培される品種も幾つかある。
一方のオギは、古より和歌に詠まれていることから古い種には違いないと思われるが、地域変種や交雑種などバリエーションについては全く聞いたことがない。
実際にオギがそれほど安定した種類なのか、或いはこの手の草が総称的にススキと呼ばれているために過ぎないのか真実のところは知らないが、河口の近くでは、典型的なオギのほかにいくらか雰囲気の違った「オギ」が散見されるのは事実である。
左に載せた写真は河口近くの右岸で、2005年10月初旬に撮った。背後はヨシで前面に背丈の低いこのオギがあった。普通のオギの中でも赤みの濃い花穂を見ることは珍しくはないが、この怪しげなオギの穂は異常に赤く、葉の間隔は詰んでいて、葉幅も普通のオギよりはかなり細いものだった。(下の2枚は近辺にあった別の株)
交雑種なら相手はススキの系統だろうが、ススキとオギが交配するということを聞いたことはない。地域変種ということもあり得るかもしれないが、すぐ隣にオーソドックスなオギが勢力を張っているのに、その傍らで変異種が育つというのは変な話だ。

遠くから見たり、若い株を見ると、オギは一見したところではチガヤに似ている。ただチガヤは刈られない場合でも、丈は普通50〜60センチ最大でも1メートル程度までにしかならず、葉幅も1〜2センチ程度のものである。オギはチガヤに比べ、遥かにスケールが大きく、茎が地面から伸びた姿になると、チガヤとははっきり違った感じになる。
チガヤの葉は基部(茎の側)が次第に細く硬くなっていき、そのまま茎に合体していくという形をしているので、葉と葉鞘との境目はあまりはっきりしない。一方オギの葉は基部が平たく、葉鞘との境は葉舌が出るほど角度を有し明瞭に区分できる。チガヤの葉の基部について細かく言うと、葉縁が中央脈に収斂していくように狭まり、薄い部分が僅かな幅を残したところで、茎のようになった中央部がえぐれて、全体として葉鞘に転換する。葉の基部から葉鞘に掛かかる部分は鉛直方向に一貫し、転換部に角度は付かない。

チガヤは株立ちする。オギの葉は散開してじきに垂れ下がるが、チガヤの葉は茎の根元近辺から鉛直に立ち上り、オギより直立性が強いので遠めにも双方の印象は異なる。チガヤの茎は細く、根元側より葉が何本か直立する。オギの茎は根元では1本で葉は付かず、茎は途中で枝分かれするものが多く直立性は弱い。根元側の茎を注意してみれば、容易に違いを見分けることができる。

図鑑で見ると、マコモにオギと似た雰囲気があるが、マコモは陸ではなく水中に生えるそうだし、両者は花序(花の付き方)の点でもはっきり異なる。マコモは典型的な円錐型だが、オギは中心軸はあるもののススキタイプで、散房化し垂れるものが多い。マコモは生育地そのものが減って希少種になってきていると聞くので、オギのように都市河川のどこにでも見られる草と同一レベルで考えない方が無難かと思われる。

若いオギの葉の出方だけを見ると、葉基部が2列に抱き合い根元から葉を出すキショウブに似ている感じもするが、オギは次第に裸の茎が伸び、茎の先端に葉が開いた南方系の雰囲気となり、キショウブの姿(根生葉束生)とは全く違ったものになっていく。キショウブの葉は表裏が良く似て区別が付きにくく、主脈は太く弾力がありオギのように白く見えることはない。キショウブの葉縁は完全に平滑である。
ガマは葉の出方はキショウブに似ているが、葉は断面がカマボコ様の半月形をしており、他に類を見ないほどしっかりして硬い。根元から束生して直立した葉は僅かな捩れを示すものもある。花を付ける場合に専用の茎を出し高く伸ばす。ガマがオギと紛らわしい点は殆ど無い。



   [参考集・目次]