<参考26>  河川敷の春から初夏にかけての草木と花


 (その4) アブラナ科 (ハマダイコン・セイヨウカラシナ)

 
春この辺りの河川敷で最も目に付く草花といえば、アブラナ科ダイコン属のハマダイコンである。アブラナ科は十字花科とも言われるように、花はすべて4枚の花弁が十文字(あるいはXの字)形に付く。
ハマダイコンは菜の花によく似た奔放な姿をしているが、花の色は黄色ではなく白ないし薄紫色で、彩色しているものも中心部は白い。

ハマダイコンは海辺の砂浜で多く見られるためその名があるが、河川敷など内陸の草地にも多く繁殖しており、六郷川の河川敷でも、4月から5月中旬にかけて、万遍なく至るところで見られる。
左の群生写真は、川裏に古川薬師がある辺り。区民広場との境目になるここは、夏場はセイバンモロコシが割拠するが、この時期は一面ハマダイコンになっている。多摩川大橋上手の堤防側一帯も大きな広がりが見られ、グランドが出来ている範囲でも、堤防法尻の刈られない場所は、遠目に白さを感じるほどこの花が咲いている。

ハマダイコンは栽培種である食用のダイコンが野生化したものというのが通説で、実際通常の草に比べればかなり太い根をもっている。5月には種の膨らんだサヤを一杯実らせる(4枚目の写真)。このまま畑に撒き施肥して栽培すれば食用になると言う人もいる。

同じアブラナ科に(ダイコン属ではないが)、ハマダイコンと紛らわしいハナダイコンというのがある。ハナダイコンはこの界隈には無いので詳しいことは分からないが、花の形はハマダイコンとよく似ていて、花弁の色は紫から赤紫色で、ハマダイコンのように花心部が白いことはなく、ベタに着色しスミレのような感じである。
ハナダイコンの方は食用とは無縁で、鑑賞性に優れるためよく取上げられ、多くの名前で呼ばれてきた。
漢名は諸葛孔明との関わりからショカッサイ(諸葛菜)と呼ばれ、和名は牧野富太郎博士がオオアラセイトウ(大紫羅欄花)と命名した。

アラセイトウというのは欧州原産の栽培種ストックに付けられた和名である。ストックは切花用や園芸用に栽培され、八重咲きが好まれるが、一重咲きのものも出現する。オオアラセイトウという名前は、(アブラナ科ではあるが)似ているとは言えないアラセイトウを連想させ、違和感があったのではないか。一般的には、ムラサキハナナ(紫花菜)とかシキンサイ(紫金菜)などの別名で呼ばれ、通称はハナダイコン(花大根)で通っている。
「菜」(な)は「蔬」とも書き、もともと野菜類を総称する言葉だが、特にアブラナ科の植物を指して用いられることが多い。
実際に、野菜はアブラナ科のものが多く、大根・カブのほか、キャベツ・白菜・小松菜・タカナ・カラシナ・ブロッコリ・カリフラワーなど代表的な野菜が並ぶ。これらの野菜は花を咲かせれば皆菜の花ということになる。(因みに野菜で次に多いのはキク科で、春菊のほか、レタス・ごぼう・ふきなどがある。)

菜の花のうち、チリメンハクサイを基に、花を観賞する目的(切花用)で改良された品種を「花菜」(ハナナ)と呼ぶ。(房総地方で栽培される菜の花はハナナである。) オオアラセイトウが「紫花菜」と付けられたのは、アブラナ科であって野菜でなく、花は綺麗な紫色という意味になる。
野菜類は日本でその後品種改良されたものはあるが、原形はみな大陸から入ってきたものである。ダイコンは紀元前のエジプトで既に食用にされていたほど古くから栽培され、ギリシャ・ローマ時代を経て東洋に伝わった。従って日本での歴史も相応に古い。かつてはオオネと呼ばれていたらしいが、いつの間にかダイコンに変ったそうである。
ハマダイコンはダイコンに限りなく近いものだが、大陸で野生化し種として確立したものが日本に入ってきたのだろう。
ハマゴボウと呼ばれるアザミの一種は根も葉も食用になる。ハマダイコンも野大根と称して食膳に載っていた時代があるらしい。


アブラナは種子から油を採るものはナタネと呼ばれるが、若い茎葉が食用にされる場合はアオナと呼ばれる。
ダイコンは冬野菜で、花が咲く前に採取されるため花を見ることはない。一方アブラナの畑栽培は種子から油を採るのことを目的とするため、陽春に一面の黄色い花畑の風景が実現することになる。

アブラナ類が葉菜として中国(漢)から伝来したのは弥生時代とされている。搾油が始まったのは平安時代で、室町時代には荏胡麻(エゴマ)油に代わって、ナタネ油が灯油、食用油の主力になった。
江戸時代までのナタネは黄褐色で赤種と呼ばれるが、明治時代に収穫量の多い(含油率が高い)黒褐色の黒種が導入され、とくに戦後では搾油するためのアブラナは殆どこの黒種に置き換わった。この品種をセイヨウアブラナと呼ぶ。

在来種のアブラナは、茎葉が鮮緑色で、花弁は10mm未満と小さく、ガク片は水平に開いて付いているが、セイヨウアブラナの茎葉は粉白緑色で、花弁は10〜15mmと大きく、ガク片が立上るような形でついていることで見分けられる。
菜の花畑は以前に比べれば減っているが、ナタネ油の需要は灯油こそ減ったものの、食用、薬用、工業用などでは増えており、輸入に切り替わっているのが現状らしい。

千葉県の県花になっている菜の花はハナナで、在来種の系統。また京の「菜の花漬」は、黄色く膨らんだ頃の蕾を摘んで漬けたもので、やはり在来種の系統を受け継いでいる。
菜の花は優秀な蜜源としても知られ、養蜂家は菜の花の花期に合せ、九州から北海道まで採蜜のため移動していく。

春の河川敷でアブラナ科の黄色い花は広範囲に見られるが、花壇などに人為的に植えられているのは、全体の色合いが淡く黄色が鮮やかに見える。これが菜の花畑として歌に歌われたアブラナで、春の早い時期に花期を迎える特徴がある。(前記したハナナは寒咲きと称し冬から咲いているものがあるが、通常の菜の花の花期は3〜4月である。)
一方河川敷に自生する黄色のアブラナ科の花は、近年ではほとんどがセイヨウカラシナに代わっているとされ、こちらは本家の菜の花より花期が1ヶ月ほど後れる。
セイヨウカラシナはセイヨウアブラナとは又違うアブラナ科の帰化植物である。セイヨウカラシナの花は黄色が赤味掛かっているとか、やや小振りであるなどと言われるが、私のような素人は葉の付き方で区別することになる。アブラナの葉は茎を抱き込むようにして茎に付き、セイヨウカラシナの葉は茎を抱かず末端で茎に付く。

近年セイヨウカラシナが地方河川の高水敷などに大群落を形成しているケースが報告されているが、六郷川の河川敷ではまだそれほどは見掛けない。この辺りの河川敷を見る限りでは、むしろハマダイコンの方が年々増えてきているように感じる。ただし岸辺などにハマダイコンに混じって群生しているのは皆セイヨウカラシナである。アブラナも河川敷の澪筋側に僅かに点在して認められるが、花壇から逃げ出したものかどうかは分からない。
六郷川の河川敷はどこも頻繁な工事があり、のべつ掘返され土が持込まれるという事情があるため、生態系は常に過渡期にあり、極相で何が優占種になるような環境なのか判断が付かないという特徴がある。2002〜03年の乾季に護岸工事が行われた多摩川大橋上手の左岸、工事直後の裸地で真っ先に芽を出し、次々とその数を増していったのはセイヨウカラシナだった。
(写真のアブラナは3月下旬に花壇のものを撮影した。セイヨウカラシナは群生、アップとも4月下旬から5月初旬に撮影したもの。)

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