<参考24>  有機物汚染指標 BOD, COD


水域の環境基準を表す指標のうち、有機物による汚染の程度を示すものとして、BOD(生物化学的酸素消費量)とCOD(化学的酸素消費量)の2つがよく利用される。

BODは、被検水のサンプルを20℃で5日間暗所に置き、この間の溶存酸素の減少量を測定する。測定結果は水中の(好気性有機酸化)微生物がエネルギー代謝のために消費した酸素量と解釈し、この数値を被検水中に生物化学的に分解される有機物(有機栄養物)がどの程度含有されているかの目安とするものである。その他の水質項目の測定に比べると、時間が掛かり面倒な測定であるといえる。
BODは、biochemical oxygen demand の頭文字で、直訳すると、生物化学的酸素要求量、となり、今でもこのように表現される場合がある。これを日本語であえて、生物化学的酸素消費量、と表現するようになったのは、言葉からくる誤解を避けるためである。BODは水域の有機物による汚染度を示す指標であるが、数値が表しているのは有機物量(あるいは濃度)そのものではなく、一定の条件下でそれだけの酸素が消費されたという事実だけである。
測定実験によって、5日間経過後資化され得る全ての有機物が処理されたことは確認していないので、得られた数値が、含有される全ての有機物が微生物によって資化される場合に必要な酸素量(濃度)と同じ量になっているという保証はない。測定結果を生物化学的酸素要求量と表現してしまうと、それだけ酸素があれば分解される全有機物量を示している、と受取られかねない。BODが表している数値は、あくまで測定条件下で現実に消費された酸素量であって、汚染している有機物量そのものではない。 (訳語についてはこのページの最終段落を参照)

BODの測定手順は以下の通り。
被検水をばっ気して酸素を飽和させる。(20℃1気圧における溶存酸素分子の飽和濃度は8.8[mg/l]である。) BODの値が高く、5日後に溶存酸素濃度がかなり低下すると予想される場合には、測定精度面を考慮し測定値(DO)が2〜7の範囲に入るように、被検水を清水で希釈して測定する。(予測値が無い場合にはCODを測定して参考にする。)
バクテリアが不足すると見なされる場合には、家庭排水の上澄み液や土壌抽出液などを用いてバクテリアを植種する。被検水が酸性やアルカリ性を示す場合にはペーハーを7に調整し、必要ならリン酸塩などの無機栄養物質を加え、バクテリアの生育条件を確保する。被検水サンプルを希釈後1リットルとし、培養は密封度の高いビン(市販BODビン)に詰めて行う。放置する5日間に空気が入り込まないように、ビンを水槽に浸けたまま恒温器に入れるなど配慮する。
5日間以上放置すると、アンモニアの酸化などが起こり、有機酸化以外の酸素消費が測定値に加わるので注意を要する。溶存酸素(DO)の測定には、アジ化ナトリウム変法を用いる。

河川の環境基準のランクは、AA,A,B,C,D,E の6段階で、BODの許容量は上から順にそれぞれ、1,2,3,5,8,10 [mg/l] 以下と定められている。 (河川の環境基準値はBODだけではなく、ランク付けには他に、pH、浮遊物質量(SS)、溶存酸素量(DO)、大腸菌群数などの指標が総合される。)
ランクAAは水道1級に適応する水質で、沈澱を要さない簡易なろ過操作で飲用に利用し得る。ランクAは水道2級、水浴に適とされるのはここまで。指標生物との対応でいえば、Aはヤマメ、イワナなどが生息する川(水産1級:湖沼の場合はヒメマス)、Bはサケ科魚類やアユが生息する川(水産2級)、Cはコイ、フナなどが生息する川(水産3級)になる。利用目的別では、Cは工業用水1級(沈澱等通常の浄水操作)、Dは工業用水2級(薬品注入等高度の浄水操作)及び農業用水、Eは工業用水3級(特殊の浄水操作)に適応する。
Eまでが基準内ということになるが、EはSSの項目で、ごみ等の浮遊が認められないことが規定されている。ランクEは国民の日常生活(沿岸の遊歩等を含む)において不快感を生じない限度とされる。


 
 【BOD75%水質値】

BODの測定結果が環境基準に適合しているかを評価するに際し、年間データのうち75%以上のデータが基準値を満足していれば、環境基準に適合していると判定する評価方式のこと。仮に各月毎の測定データとして年間12個の数値がある場合、水質の良い順に並べて9番目になる値を 「BOD75%値」 と呼び、この値が類型指定されている当該地の基準値を下回っていれば合格(環境基準に適合)となる。
年間の総データにバラつきが大きい測定地点の場合、「BOD75%値」は単純平均方式とは異なる判定を下す可能性がある。「BOD75%値」方式では、突出した悪いデータが混在しても、その出現度合が全体の1/4未満であれば無視されて合格となり、逆に数多くの良いデータがアベレージを引上げていても、悪いデータの出現度合が1/4を超える頻度で起きていれば、その事実が重視されて失格になりやすいという特性を持っている。
(「平成15年(2003)の全国一級河川の水質現況」によれば、「BOD平均値」によるランキングで、多摩川は全国166河川中138位、「BOD平均値」は1.5、「BOD75%値」は1.6である。 なお測定の上限とされる0.5を示した河川は、北海道の後志利別川、北陸の荒川、中部の豊川、宮川、九州の大野川の5河川で、平均値、75%値ともに0.5となっている。ワーストスリーは、近畿の大和川、関東の綾瀬川、鶴見川で、平均値は順に、5.3, 4.9, 4.3、75%値は、6.0, 5.6, 5.2 で、この3河川は例年最下位争いをしているが、2003年は前年最下位だった鶴見川が順位を上げた。)

以下に国土交通省河川局のサイトからデータを収集して作った 「六郷川の(観測地別)BOD経年変化表」 を掲げた。
有機物の汚染度合を示すこのテーブルによると、1997年から1998年の時期に丸子から上流の地区で大幅な改善が見られ、河口部でも同時期に改善が見られたことが分かる。ただし1999年から2000年にかけて、二子・丸子地区で更に改善が進んだ一方、河口部では同時期に後戻り・停滞が起こり、それまでの水質面に於ける地域関係が逆転して、以後丸子以西より六郷橋以東の方が水質が劣る形になった。

経年統計水質 BOD75%値 (mg/L)
199119921993199419951996199719981999200020012002200320042005
二子橋 : 第三京浜 5.76.75.15.34.97.52.72.61.92.0(2.2)《1.5》1.72.11.9
田園調布(上) 5.25.64.95.04.75.52.52.52.01.82.11.41.51.81.7
六郷橋(川崎区旭町) 3.73.53.13.63.43.52.11.93.12.9(2.2)《2.2》1.62.31.7
大師橋(大田区) 3.52.62.83.63.62.71.81.72.62.6(2.2)《2.1》1.62.21.9

 
上表のデータは年によって出所が違う。1991〜2000年は、国土交通省河川局の「水文水質データベース」からの引用で、BOD75%値は年間の全データを対象にしたものらしい。ここでは丸子より上流側の参考地は二子橋になる。(このデータベースは何故か2000年までしかない。)
国土交通省河川局のサイトには、「全国一級河川の水質現況」というレポートが 1998〜2004 分について載っている。ただしこの内容は年によって異なり、多摩川は「田園調布(上)」としては毎年載るものの、その数値は上記のデータベースと重なる部分について値が一致しない。(75%値を採る場合全生データを対象にするか、一旦月毎の平均値を作り、その第9位のものを採るか、などの計算法が異なっているためではないか。)
2001〜2002年の数値は「全国一級河川の水質現況」から引用した。2001年は内容が詳しく、「田園調布(上)」は平均値、75%値ともに2.0である。他の3ヵ所は平均値のみ記載があるので、これを括弧書きで記した。ただし2002年のレポートを見ると、この年は「田園調布(上)」のみの記載だが、75%値が1.4とされ、前年は2.1だったと修正されているので、上表でも2.1の方を採用した。(2003年は多摩川としての記載しかなく、2004年は工事中である。)
環境省の「水質調査データの公開」「公共用水域」の中に、多摩川中下流の基準測定地点として田園調布(上)と大師橋があり、ここで2001年の月間測定値を開き第9位を採ると、それぞれ2.1, 2.2になる。補助測定地点に二子橋(第三京浜)と六郷橋があり、同様に2001年の第9位を採ると、それぞれ2.2, 2.4になる。(年間測定値の方は2003年まであるが、月間測定値は2002年以降はデータが無い。因みに2003年の年間測定値は、田園調布(上)が1.2であるのに対し、六郷橋で6.9、大師橋で8.3という大きな数字が載っている。月間測定値でも2001年1月は、二子橋で8.1、田園調布(上)で6.9などの大きな数字があり、測定値が平均値なのか75%値なのかなど内容が不明で、紛らわしくなるので、上表では環境省に掲載されたデータは一切採用しなかった。)
2003〜2005は、東京都環境局のサイトにある「河川・海域の水質測定結果(速報)」から引用した。ここには平成14年度から年度別に月毎の「日平均値」なる数値の記載があるので、数値を拾い出して1年間形式に並べ、良いデータから数えて第9位になるものを上表に記載した。(なお、多摩川に関しては、拝島橋より川下側の測定地点は全て測定機関は国交省になっている。ただしこの一覧では、丸子より上流側になる参考地は第三京浜の多摩川橋になる。同所は二子橋に近いので、上表ではこれを同列に扱った。)
2002年については「田園調布(上)」以外のデータがどこからも得られなかったので、上記の都環境局の平成14年度から、期間を4〜12月に限定し第9位(最悪値)になるものを、参考値として《》書きで示した。(1〜3月は例年あまり悪くないので、実際には《》値より良くなるとみるのが妥当である。たまたま「田園調布(上)」については、国交省の「全国一級河川の水質現況」の数値1.4と一致する。)
上表では見易さを重視し一つの表に全てのデータを並べて記した。データの出所が年によって異なることには留意すべきだが、大勢を見る上で大きな間違いにはならないだろうと判断した。出所が跨ぐ間では厳密な対比は不適当であることに注意してもらいたい。

感潮域(六郷橋から海側)では、BODの数値は1998年を谷とし、1999年には再び上昇に転じた。ここには詳細を記していないが、この時期、酸性分、デトリタス、溶存酸素など、大腸菌を除く他の水質指標は必ずしも悪化していないのに、何故か有機物汚染のみが後戻りしたようである。
続く2000年も、感潮域では「BOD75%値」は挽回できていない。六郷橋ではBODの平均値は前年の3.0から2.3へと回復したが、その内容は、極端に悪いデータが改善傾向を見せたもので、「75%値」による評価方式では、最悪に近いデータはもともと捨てて評価されているので、BODの年間数値としては3.1から2.9への小幅な改善に留まり、依然としてランクBのボーダーライン近辺という評価になった。大師橋でも事情は全く同様で、アベレージとしては2.7から2.1へ大きく挽回したものの、最悪値の改善が主たる内容であったため、BOD75%値は前年の2.6のまま留まる結果となった。
多摩川の中下流地区では、2000年に類型指定の上級への組替えが行われたが、当時丸子橋までの水質改善が目覚しかった一方、六郷橋下手では環境基準ランクBすれすれで推移し、基準を完璧にクリアしているとは言い切れない状態にあったことが分かる。
2003年以後近年の経過は、都の速報値でみる限りでは感潮域でも改善が見られ、1999〜2000年頃の後戻りは克服されたとみなされる。2004年の六郷橋は2.3という数値になっているが、直前位のデータは1.9であり、採用された第9位で2.3に飛び、以降の3点は、3.2, 3.3, 3.3 となっていて微妙なところだ。ちなみにこの年は4月から8月までの5ヶ月間の平均値が2.8と悪く、同時期の大師橋の平均値も2.6と良くない。2005年の六郷橋の速報値では、月次の最悪値は2.2であり、2004年のような悪い数値は見られない。


 
河川の水質基準にはBODが用いられるが、海洋や湖沼にはプランクトンが生息しており、その呼吸による酸素の消費が測定結果に影響を与えるとの考えにより、海洋や湖沼に対する水質基準にはBODではなくCODが用いられる。
CODは、被検水に酸化剤:過マンガン酸カリウムあるいは重クロム酸カリウムを加えて加熱し、消費された酸化剤の量を測定し、被検水中に酸化分解される有機物の含有量がどれだけあるかを推定する。CODは懸濁物を含み水中に化学的に直接酸化できる物質の量がどれだけあるかを示すデータだが、「酸化剤の質や加熱度、酸化時間などの条件が一義的でなく、異なった値がありうることに注意が必要」という但書きを見たことがある。
(CODは被検水に塩化物イオンが含まれていると不正確となるので、予め硝酸銀溶液によって中和しておく。またCODは2価鉄や亜硝酸イオンなどが多量に含まれている場合にも大きくなる。)

BODとCODの数値には正の相関があるが、汚染の程度によって双方の関係は異なり、直接換算は出来ない。
汚染度が数ppm程度の川では、大雑把にCODはBODの2倍程度になるとも言われる。(因みに国土交通省の水文水質データベースで、多摩川田園調布堰の水質検査結果を見ると、若干の例外はあるもののCODはBODに対して概ね2〜3倍の辺りにばらついている。)

湖沼のランクは、AA,A,B,C の4段階とされ、CODの許容量は順に、1,3,5,8ppm以下、海洋のランクは、A,B,Cの3段階で、CODの許容量は順に、2,3,8ppm以下となっている。


BODという指標はアメリカで開発された。米欧の長大な大陸河川に於いて、河川の有機物による汚染状態が、海に到達するまでにどの程度自浄作用により浄化されるか、そのための酸素要求量は満足させられるかというような視点から考え出された水質の評価基準で、その後次第に世界中に普及したものである。
有機物汚染に関わる水質基準としては、ろ過水から炭素量を直接測定する溶存有機炭素(DOC)、或いは原水について測定する全有機炭素(TOC)という厳密な測定指標もあるが、生活環境に関わる水の汚染度を的確に表現する目安として、BODやCODが習慣的に広く利用されている。

BODは汚染の具体的な物質名を特定した測定値ではない。有機物の質によって、例えば糖類かセルロースか、あるいは窒素を含む有機物かなどの違いにより、有機物が量的に同程度でも微生物によって酸化分解される進行速度は異なる。現実の河川は大気と接し酸素濃度はほぼ一定に保たれた環境で有機物の分解が進む。またBODの測定では5日間放置後サンプル中の有機物が分解され尽くしたか否かの確認は行わない。等々の諸点から明らかなように、BODは有機物汚染の実態を厳密に計測するものではなく、あくまで5日間という規定の期間(酸素の補給を断った状態で)細菌を培養し、溶存酸素の減少量を測定した限定的なデータである。その意味は河川等水域の有機物による汚染の程度を定量化することによって、複数の対象を序列化したり、基準値との比較を行うことなどを可能ならしめることにある。

BODの測定の信頼性が高いのは、5日間の酸素消費量が40〜90%の範囲に入る場合とされる。即ちBODは3ppm以下となるような綺麗な水を比較するのにはあまり適さず(国交省でもBODの測定値は0.5を上限として報告するように指示している)、一方高濃度汚染水に対しては最適な条件を実現するような希釈率の調整が肝要ということになる。
BODのオーダーとしては、し尿や醸造排水などで12000〜15000ppm、通常の都市下水は150〜300ppm、自然河川は常識的に10ppm以内などの数値例が見られる。
水中の遊離酸素の飽和濃度は8.8[mg/l]なのに、その濃度の減少値であるBODの値に10や20(あるいはそれ以上)の値が出てくるのは、第一感としては矛盾しているように見えるが、BODの仕組みの優れている点は、実際には溶存酸素濃度(の減少値)を測定しながら、データとしては実際に表現したい有機物濃度に関わる尺度を表示している点にある。
例えば、被検水を2倍に薄めて測定し、その結果5日間で溶存酸素量(DO)が8,8[mg/l]から3.8[mg/l]に減少したとする場合、サンプルにおける減少量は5.0だから、希釈前の被検水のBOD値は結果を2倍してBOD=10と表現するのである。
単に被検水を生のままで、溶存酸素濃度の減少を測ったとすると、遊離酸素が枯渇してしまうような汚染度の強いケースでは、酸化反応は5日経たないうちに皆止まってしまうので、し尿も、都市下水も、臭い川も測定値は皆8点幾つという似たような数値になってしまい、測定値の比較をすることが出来ない。
いかに多くの有機物が資化されずに残存していても、そのことは測定数値には反映されないので、このような測定は無意味である。酸素を追加投入してやれば反応はまだまだ進む(酸素の消費量が増える)わけだが、追加投入する酸素量を定量するのは容易ではない。そこで汚染の濃い被検水については、酸素を追加投入しなくても5日間で有機物が食べ尽されるような濃度まで、予め被検水を希釈しておくのである。希釈は酸素の追加投入に比べれば比較にならないほど、容易にかつ厳密に行いうる。そうして生であったら必要とされたであろう酸素量が、100であろうが1万であろうが、どんなに汚れた水でも原理上BODは測定できることになる。
BODのデータは実際に測定された「消費酸素量」を数値として表示するだけではなく、消費量を測る前段として被検水を希釈した場合には、測定結果にその倍数を掛けることによって、有機物の総量に対応した「換算消費酸素量」を数値化し表示している。BODの原意である「生物化学的酸素要求量」のうちの「要求量」というのは、生の被検水をそのまま使用し、不足する酸素を無制限に追加投入していった場合、どこまで酸素が消費されるかという、いわば仮想消費量の推定値のことをそのように表現しているのである。



   [参考集・目次]