「多摩川の汽水域」 更新履歴

 

  2012.1.21
 注釈集の  [参考5] 「JR六郷橋の歴史」 の始めの部分に一部追記を行った。(明治政府が新橋・横浜間に鉄道を敷設するまでの経緯に関し「川崎市史」から転載)
 注釈集の  [参考6] 「京急六郷鉄橋の歴史」 の始めの部分に一部追記を行った。(「京浜電気鉄道」創業までの経緯について「川崎市史」から転載。  同ページ中で大師線の廃駅「池端」お呼び方を「いけのはた」としていたが「いけはた」に訂正した。訂正理由は本文に記載。)
 注釈集の  [参考7] 「六郷鉄橋の歴史」の本文中の誤字「甲陽軍艦」を「甲陽軍鑑」に訂正した。(読者の指摘により発見)
 『写真館「多摩川の汽水域」(六郷川の四季)の見方』のページに制作者の写真を掲載した。
    (Ver.26.1-1

  2012.1.8
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 12.11に最後の3段落の本文内容を追記した結果、写真との配置バランスが悪くなったので、12月中旬・下旬の写真を追加し構成を改定した。
今回新たに追加掲載した写真は、12月中旬14枚、12月下旬14枚の計28枚である。
    (Ver.25.3-1

  2011.12.15
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 12.11に更新した12月初旬の項の最後の3段落の内容を幾らか書き直し追記も行った。
    (Ver.25.2-1

  2011.12.11
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 11月中旬、下旬の項を追加し、種子の撒布状況について、初期から最盛期までを紹介、写真21枚を掲載した。
 12月初旬の項を追加し、種子撒布の最終盤の状況、並びに新たな芽生えの開始を捉え、写真16枚を掲載した。
 このページは2011年の限定特集として、昨年末の芽生えから逐次記録してきたましたが、今回新たな芽生えの開始を確認したことで一巡したことになるので、今回の更新で完結としこのページの更新は今回をもって終了します。
    (Ver.25.1-1

  2011.11.16
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 10月下旬の項2段を新規に追加し、満開後のウラギクの様子を撮った写真9枚を追加掲載した。本文には当地でウラギクを人為的に育成する行為の継続は後1年を目処に打ち切ること、その理由などにつき詳細な説明を記載した。
    (Ver.24.3-1

 

  2011.11.10
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 10月初旬の項に引き続き中旬の項2段を新規に追加し、満開の様子21枚の写真を追加掲載した。
    (Ver.24.2-1

 

  2011.10.15
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 10月初旬の項を新規に追加し、蕾が膨らんでいく様子や先行開花する花の様子など、11枚の写真を追加掲載した。
    (Ver.24.1-1

 

  2011.9.26
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 9月のウラギクの様子の項に、台風15号直撃後の様子の追加として9月25日撮影の写真9枚を追加掲載した。
    (Ver.23.2-1

 

  2011.9.25
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 前回からの続きとして9月のウラギクの様子、9月初旬の台風12号直後の様子、当地のウラギクに見られる変異形は遺伝子に及んでいるか、変異株を開花させ種子に含めることに問題はないのかについての迷い、9月19日に一斉に蕾を持ったことの確認、9月下旬に直撃を受けた台風15号の影響などについて取上げた。
 新たに掲載した写真は31枚。
    (Ver.23.1-1

 

  2011.8.31
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 前回からの続きとして8月のウラギクの様子、フェンス内外の育ち具合を特集した。フェンスバリアについては、カッティングシート上端部の剥離が目立つようになり、アルミテープを使って上端部をカバーリングする補修などを取上げた。新たに掲載した写真は24枚。
    (Ver.22.2-1

 

  2011.8.14
注釈集の  [参考30] 「六郷橋緑地先湿地の形成過程」 の内容を全面的に改変した。
生態系保持空間の一ヶ所として「六郷地区」と呼ばれる地域が、いつ頃どのようにして生まれ、どのような変遷を経て今日に至っているのか、旧日本陸軍、占領下の米軍、国土地理院の空中写真によって時代順にみていく。
    (Ver.22.1-1

 

  2011.8.1
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 前回からの続きとして7月下旬のウラギクの様子、フェンスに白木杭の導入、イトトンボ、ウラギクの成長遅れの群集についてなどをテーマとして取上げ、関連する新たな写真22枚を掲載した。
    (Ver.21.7-1

 

  2011.7.19
注釈集に  [参考33] 「多摩川河口域の変遷」 を新規掲載した。
(この原文は「多摩川の自然を守る会」の機関紙「川のしんぶん」に寄稿し、2009年7月号に特別寄稿分として掲載されたものである。)
    (Ver.21.6-2

 

  2011.7.14
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 前回からの続きとして6月中旬から7月初旬に掛けてのウラギクの様子、及びクロベンケイガニを遮断するため、フェンスの金網にカッティングシートを貼るに至った経緯や工事の様子を詳報し、関連する新たな写真21枚を掲載した。
 前回間に合せに過去のストックから引用掲載していたクロベンケイガニ、ベンケイガニの写真10枚(旧番67P1〜67P10)を削除し、全て今年の写真に差し替えた。
    (Ver.21.6-1

 

  2011.6.15
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 前回からの続きとして6月初旬の通路除草、その後のウラギクフェンス内に於けるクロベンケイガニの掃討作業などにつき詳報し、過去のストックからこの界隈に多いクロベンケイガニ、ベンケイガニの写真10枚を新規に掲載した。
    (Ver.21.5-1

 

  2011.6.8
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 前回からの続きとして5月末に完成したフェンスの全容と、同時期から6月初旬に掛けてのウラギクの様子を撮った写真を新規に29枚掲載した。
    (Ver.21.4-2

 

  2011.5.16
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 前回からの続きとして4月下旬から5月初旬のウラギクの様子を撮った写真と設置中のフェンスを撮った写真を新規に16枚掲載した。
    (Ver.21.3-1

 

  2011.4.24
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中の 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを更新した。
 上記の新設ページに、前回からの続きとして本年度の4月のウラギクの様子を撮った写真を新規に15枚掲載した。
 参考写真として刈取りが入る近くの通路面に出たヨシの新芽の写真を1枚掲載した。(No.67H6)
    (Ver.21.2-1

 

  2011.4.2
 「第六部 六郷橋から大師橋 」 の中に 「その7 六郷ヨシ原で保全中のウラギク特集」 のページを新設した。
 上記の新設ページに、導入部として昨年の当地の開花散実の模様を20枚掲載した。
 引き続き以下に本年度の様子を掲載していくが、今年は芽生えが早く12月23日だったので、12月25日の撮影を先陣として、とりあえず大地震で液状化現象などが見られる一方、新芽の成長が顕著に認められるようになった3月までの様子を40枚掲載した。
    (Ver.21.1-1

 

  2010.10.22
 注釈集の内 <参考27> 羽田空港の再拡張計画について ページ末尾 に追記を行った。
  (羽田空港の再国際化開港にあわせ、「世界一危険な空港が供用を開始した」という事実について言及しておく必要があると感じたため)
    (Ver.20.1-1

 

  2010.6.14
 「第七部  『河口』周辺 」 「その4 大師橋から多摩運河までの右岸」 のギャラリーに、2009年秋に撮影した殿町地先のウラギク自生地の開花風景を新規掲載した。
 今回新規に掲載したものは以下の5枚、撮影は2009年10月中旬で場所は右岸1.7キロ近辺の堆積地。

  殿町地先塩湿地のウラギク(その10) [No.74D1]、殿町地先塩湿地のウラギク(その11) [No.74D2]
  殿町地先塩湿地のウラギク(その12) [No.74D3]、殿町地先塩湿地のウラギク(その13) [No.74D4]
  殿町地先塩湿地のウラギク(その14) [No.74D5]
    (Ver.20.0-1

 

  2009.8.30
 「第四部  多摩川緑地 」 「その3 多摩川緑地 (上)」 のギャラリーに、アメリカフウロのさく果が熟す過程を追った写真を追加掲載した。
 今回新規に掲載したものは以下の12枚、撮影は2009年6月中旬で場所は左岸8キロ標近傍の法面。

   「アメリカフウロ・さく果全景」 [No.43R4][No.43R8][No.43R12]
   「アメリカフウロ・さく果ズーム」 [No.43R5][No.43R9][No.43R13][No.43R14]
   「アメリカフウロ・さく果散実」 [No.43R6][No.43R10][No.43R15]
   「アメリカフウロ・さく果散実後」 [No.43R7][No.43R11]
    (Ver.19.0-1

 

  2009.3.5
 注釈集の内 <参考12> 流域の地形と海岸線の変化 のページに地形図の追加を行った。
  (「多摩川誌」に収載の「平野部における多摩川流域の段丘区分」(壽圓 1970) を部分掲載した。)
  (次太夫堀に関する記述の詳細化に合わせ、立川面、武蔵野面などの配置を見れるようにした。)
    (Ver.18.0-3

 

  2009.2.20
 注釈集の内 <参考8> 丸子川と六郷用水 のページの記載内容を若干改訂した。
  (小泉性の発祥に触れ、次太夫堀の説明に「国分寺崖線(がいせん)」「井筋村々」などの用語を補足した。)
  (現代の様子について、仙川の礫間浄化施設の谷沢川への導水、丸子川の水源などについて詳述した。)
  (フェアユースの観点から、「新多摩川誌」(CD版)に収載されている「六郷用水流路図」を転載した。)
    (Ver.18.0-2

 

  2008.12.11
 「第七部  河口周辺」 「その6 多摩運河を越えて浮島へ」 のページを6年振りに更新した。 
 今回新規に掲載した写真は以下の12枚

  浮島橋上から見た多摩運河
    (その4:多摩川開口部) [No.76C]、 (その5:開口部のズーム) 「No.76D]
    (その6:三愛石油移転跡地) [No.76E]、 (その7:千鳥町方面) [No.76F]
  浮島から羽田空港
    (その4:空港東端部) [No.76J]、 (その5,6:A滑走路に着陸) [No.76G], [No.76H]
  D滑走路工事現場風景
    (その1:洋上の工事風景遠望) [No.76K]、 (その2:浮島公園から見た工事現場の全景) [No.76P]
    (その3:空港側のクレーン作業) [No.76L]、 (その4:中央で建設中の桟橋式滑走路) [No.76M]
    (その5:沖合側の特殊クレーン台船) [No.76N]
    (Ver.18.0-1

 

  2008.11.25
 注釈集の内 <参考38-1> 「生きた化石」 イチョウの歴史 のページに、参考写真として赤坂氷川神社の大銀杏、麻布山善福寺の逆さ銀杏、の紅葉写真を合わせて8枚掲載した。

 「第七部  河口周辺」 「その3 羽田飛行場沿岸」 ページの最後に載せている、空港内部の様子を撮った写真に
   「第1ターミナル展望デッキから見たスカイアーチ」 [No.73B4] を1枚追加し、
   「建設中の新管制塔」は、5月撮影の [No.73B3] を11月撮影の [No.73B3a] に差換えた。
    (Ver.17.1-1

 

  2008.11.11
 注釈集の内 <参考8> 丸子川と六郷用水 のページ末尾に、 丸子川と谷沢川の「交差点」の現況 レポートを追記した。 (参考写真の撮影は2008年7月)
 (地図や航空写真で見ると、双方は交差しているように見え、ネット上でもこの場所を「交差」と表現しているものが多い。かつて六郷用水は谷沢川を跨いでいたとされるが、現況では双方が互いに横切るという関係は無く、丸子川が谷沢川によって更新されるような構造になっている。この交差点の詳細について説明する。)

「第七部  河口周辺」 「その3 羽田飛行場沿岸」 ページの最後に、ターミナルから見た多摩川など、空港内部の様子を撮った写真10枚を新規掲載した。 撮影は2008年5月
  西側エプロン・多摩川方面 (第1ターミナル展望デッキ) 「No.73A1」「No.73A2」「No.73A3」
  スカイアーチ、管制塔 (第1ターミナル展望デッキ) 「No.73B1」「No.73B2」「No.73B3」
  東側エプロン方面 (第2ターミナル展望デッキ) 「No.73C1」「No.73C2」「No.73C3」「No.73C4」

「第四部  多摩川緑地 」 「その3 多摩川緑地 (上)」 のギャラリーに、堤防拡幅工事後2年目の初夏に、堤防法面で見られた植物を、前年(初年)との比較の観点から幾つか撮影し掲載した。
今回新規に掲載したものは以下の31枚。(ページ内では、前年撮影の写真の下に並べたが、前年に不出来だった「ホトケノザ」のみ、前年の写真を置き換える形で載せた。撮影は2008年4月末、一緒に載せたカキネガラシは、工事された堤防法面ではなく、多摩川大橋に寄った高水敷の川縁にあるもので、この撮影は2008年6月)

 「ホトケノザ」  [No.43Sa][No.43S1a][No.43S2a]
 「マツバウンラとオオジシバリ」  [No.43G1]
 「オオジシバリ」  [No.43G2][No.43G3]
 「ヘラオオバコ」  [No.43G4]
 「ナガミヒナゲシとヤハズエンドウ」  [No.43L1]
 「ヤハズエンドウ」  [No.43L2][No.43L3][No.43L3]
 「カタバミ」  [No.43K1][No.43K2][No.43K3]
 「イモカタバミ」  [No.43K4][No.43K5]
 「ヒメオドリコソウ」  [No.43H1][No.43H2][No.43H3][No.43H4][No.43H5]
 「オオカワヂシャ」  [No.43J1][No.43J2][No.43J3][No.43J4]
 「オオイヌノフグリ」  [No.43J5]
 「カキネガラシ」  [No.43M1][No.43M2][No.43M3][No.43M4][No.43M5]
    (Ver.17.0-1

 

  2008.2.29
2008年1月初旬に撮影した写真から21枚を追加掲載した。(内1枚は2006.1撮影分)

「第六部 六郷橋から大師橋」 「その4 大師橋緑地の富士とオギ」 のページに新規写真7枚を掲載。
 (ページの末尾に2008.2.19に着手された行政代執行について付記した。)
  旧護岸跡から大師橋を望む 「No.64A3」、防潮堤管理通路脇のドウダンツツジ 「No.64D1」「No.64D2」
  本羽田地先の川縁から見た朝の川崎ビル群と六郷橋・富士丹沢 「No.64F1」「No.64F2」「No.64F3」
  本羽田地先の旧護岸跡から葭原越しに見る富士丹沢 「No.64F4」
「第七部  河口周辺」 「その1 大師橋と左岸の防潮堤地区」 のページに新規写真3枚を掲載。
 (大師橋竣工により左岸2.5km近辺で防潮堤上の通行が復活したことを記念して。)
  北詰川下側から見た大師橋 「No.71B1」「No.71B5」、 川下側から橋下の夕日 「No.71B4」
  大師橋々桁下から覗いた富士 「No.71B2」、北詰川上側から見た大師橋 「No.71B3」
「第七部  河口周辺」 「その3 羽田飛行場沿岸」 のページに新規写真4枚を掲載。
  空港敷地沿岸から見た冬の富士 (0.0Km近傍) 「No.73X」「No.73Y」
  空港敷地沿岸から見た冬の富士 (1.5Km近傍) 「No.73Z」「No.73Z1」
  空港敷地沿岸から見た冬の富士 (800m近傍) 「No.73Va」 (2006.1)
「第三部 多摩川大橋周辺」 「その1 ガス橋から多摩川大橋へ」 のページに新規写真1枚を掲載
  矢口橋(矢口ポンプ所排水水門)&多摩川清掃工場煙突 「No.316b」
「第三部 多摩川大橋周辺」 「その4 夕日・夕焼け・夕焼け雲 (第二章)」 のページに新規写真2枚を掲載
  多摩川緑地入口(区民広場)近辺、堤防上から日没  「No.34F」「No.34G」
「第ニ部 ガス橋周辺」 「その3 ピンクのサクラとガス橋」 のページに新規写真2枚を掲載
  左岸の上手側高水敷から見た冬のガス橋 「No.235a」
  ガス橋の由来、拡張の経緯を記した看板の紹介(撮影2007.7) 「No.239」

注釈集の内 <参考38-1> 「 ”生きた化石” イチョウの歴史」 の記載内容について、誤りがあるのではないかとの指摘を受け、見直した結果ミスのあった1文を訂正した。この際ついでに関連内容の追記、挿絵の変更等、このページの内容について若干の改定を行った。
    (Ver.16.0-1

 

  2008.2.11
「第七部  河口周辺」 「その2 海老取川」 のページを全面的に改編し、対象範囲を本来の海老取川からその河口延長水路まで拡充した。今回の改編内容は以下の通り。

 河口延長水路を除く本来の海老取川部分について、写真2枚を更新し、8枚を追加掲載した。
 河口延長水路部分について、東糀谷ポンプ所、呑川、羽田可動橋など写真9枚を掲載した。
 海老取川の出口周辺海域について、(旧)呑川、昭和島、京浜島など写真9枚を付録掲載した。
 「海老取川周辺図」を新たに作り、ページの冒頭からリンク掲示した。
 参考資料として、「近代の羽田・糀谷周辺図」を4枚リンク掲示した。
  掲示は次の4点 「明治前期」 「明治後期」 「大正期」 「昭和初期」 「現代(グーグル航空写真)」
 見出しの小画像の配置を、撮影位置が(多摩川でなく)海老取川の左右岸いずれかに倣うように変更した。
 タッチ掲示式の参考画像を4点追加した。(穴守橋欄干レリーフ・親柱、可動橋航空写真、京和橋からの富士)

 今回新たに掲載した写真は以下の28枚 (削除は [No.724a][No.727] の2枚)
  新弁天橋 [No.72E]、 天空橋(その2) [No.724b]、 天空橋(その3) [No.72F]
  穴守橋(その2) [No.727a]、 穴守橋から川下(その3) [No.72H]
  左岸からモノレール整備場駅方面 [No.72M]、 整備場駅下から上流方向 [No.72L]
  首都高速1号線(その1) [No.72J]、 首都高速1号線(その2) [No.72K]
  東糀谷ポンプ所(その1) [No.72N]、同(その2) [No.72P]、同(その3) [No.72Q]
  呑川河口(その1) [No.72U]、 同(その2) [No.72V]、 呑川旭橋から上流方向 [No.72W]
  首都高羽田可動橋(その1) [No.72R]、 同(その2) [No.72S]、 同(その3) [No.72T]
  大森東避難橋 [No.72X1]、 (旧)呑川水路 [No.72X2]、 (旧)呑川水門 [No.72X3]
  大森東避難橋から北方 [No.72Y1]、 高速1号羽田線⇔湾岸線連絡橋 [No.72Y2]
  昭和島から京浜大橋方向 [No.72Y3]、 京和橋(京浜島入口の親柱) [No.72Z1]
  京浜島緑道公園から南西方向 [No.72Z2]、 京浜島つばさ公園からB滑走路誘導灯 [No.72Z3]

 今回新たに掲載した地図及び資料は以下の5枚
  (海老取川周辺の地図)
  (近代の「羽田・糀谷」周辺図:明治前期) (明治後期) (大正期) (昭和初期)
  (現代の海老取川周辺の航空写真:Google)
    (Ver.15.0-1

 

  2008.1.9
注釈集の内 <参考38> 「 ”生きた化石” イチョウの歴史」 の冒頭に、参考写真として、皇居のお濠端に移植され保存されている「震災いちょう」の写真3枚を掲載した。    (Ver.14.2-1


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